隣人からの贈り物

第1章

「幸、これ見て!」

幸は、ソファでノートパソコンを開きながら、隣に座る彼女、知世の声に顔を上げた。

「どうしたんだ?」

「さっき、宅配便で荷物が届いたんだけど、送り主が隣の人なの」

幸は、眉をひそめた。隣に住んでいるのは、上品な老夫婦だ。挨拶を交わすことはあっても、贈り物をするほどの交流はない。

「何が入っているんだ?」

「まだ開けてないの。一緒に開けない?」

幸は頷き、知世が持ってきた小包を受け取った。送り主の名前は「佐藤」。隣に住む老夫婦の名前だ。

「開けてみるか」

幸は、小包を丁寧に開けた。中には、小さな木箱が入っていた。木箱の蓋を開けると、中には古びた手紙と、一枚の写真が入っていた。

「手紙と写真?」

知世が覗き込む。幸は、手紙を手に取り、書かれている文字を目で追った。

「『林崎様へ。この度は、お祝いの品をお送りいたします。ささやかではございますが、お二人で末永くお幸せに。』」

幸は、首を傾げた。祝い?一体何の祝いだ?

「写真を見てみよう」

知世が、写真を取り出した。それは、セピア色の古い写真だった。写真には、若い男女が写っている。男性は、スーツ姿で、女性は白いワンピースを着ている。二人は、神社の鳥居の前で、幸せそうに微笑んでいた。

「この人たち、誰だろう?」

知世が尋ねる。幸は、写真をじっと見つめた。どこかで見たことがあるような気がする。

「幸、この写真……」

知世の声が震えている。幸は、知世の顔を見た。知世の目は、写真に釘付けになっていた。

「この写真の人たち、私たちに似てない?」

幸は、言葉を失った。確かに、写真の中の男女は、自分たちと瓜二つだった。

「もしかして、私たちの先祖?」

知世が呟く。幸は、手紙を読み返した。手紙には、祝いの品と書いてある。しかし、自分たちは、最近何も祝うようなことはしていない。

「この贈り物、一体どういう意味なんだ?」

幸は、写真と手紙を交互に見つめながら、考え込んだ。

「幸、隣の人に聞いてみない?」

知世が提案する。幸は、頷いた。

「ああ、そうだな」

二人は、隣の家に向かった。インターホンを鳴らすと、佐藤夫人が出てきた。

「林崎さん、石井さん。どうされました?」

「実は、先ほど、お宅から贈り物が届きまして……」

幸は、木箱を見せた。

「ああ、あれですか。お気に召しましたでしょうか?」

佐藤夫人は、穏やかに微笑んだ。

「はい、とても素敵な贈り物でした。ただ、少し気になったことがありまして……」

幸は、手紙と写真を見せた。

「この写真の人たち、私たちに似ているのですが……」

佐藤夫人は、写真を見て、目を細めた。

「そうでしょう。この写真に写っているのは、私の両親です」

「え?」

幸と知世は、驚きの声を上げた。

「私の両親は、林崎さんたちと同じように、このアパートで暮らしていました。そして、この神社で結婚式を挙げたのです」

佐藤夫人は、懐かしそうに写真を見つめた。

「この手紙は、両親が結婚した時に、隣人の方からいただいたものです。私も、林崎さんたちが結婚されたと聞いて、お祝いの品と一緒に、この手紙をお送りしたのです」

幸と知世は、顔を見合わせた。自分たちが住んでいるアパートで、自分たちと瓜二つの夫婦が暮らしていた。そして、同じ神社で結婚式を挙げていた。

「これは、ただの偶然でしょうか?」

幸が尋ねる。佐藤夫人は、微笑んだ。

「さあ、どうでしょう。でも、私は、これはきっと、ご縁だと思います」

幸と知世は、佐藤夫人に礼を言い、家に戻った。二人は、ソファに座り、写真を見つめた。

「幸、これは、私たちの先祖からのメッセージなのかな?」

知世が呟く。幸は、頷いた。

「そうかもしれないな」

二人は、写真の中の男女のように、幸せそうに微笑み合った。

第2章

幸と知世は、佐藤夫人の話を聞いてからというもの、自分たちの先祖について興味を持つようになった。二人は、図書館やインターネットで、自分たちの名字の歴史を調べ始めた。

「林崎って、珍しい名字だよね」

知世がパソコンの画面を見つめながら言った。

「ああ、全国でも数少ない名字らしい」

幸は、図書館で借りてきた古い文献を読みながら答えた。二人は、数日間かけて情報を集め、ある興味深い事実を発見した。

「幸、聞いて。林崎家の家系図を見つけたの」

知世が興奮気味に言った。幸は、知世の隣に座り、パソコンの画面を見た。そこには、林崎家の家系図が表示されていた。

「これは……」

幸は、家系図をたどりながら、ある名前に目を止めた。

「林崎幸之助……」

それは、写真に写っていた男性と同じ名前だった。

「もしかして、この人が写真の人?」

知世が尋ねる。幸は、頷いた。

「おそらくそうだろう。そして、彼の妻の名前は……」

幸は、家系図をさらにたどった。

「石井トモ……」

それは、写真に写っていた女性と同じ名前だった。

「やっぱり!」

知世は、声を上げた。二人は、自分たちの先祖が、写真に写っていた男女であることを確信した。

「でも、どうして佐藤さんは、私たちの先祖のことを知っていたんだろう?」

幸が疑問を口にした。

「もしかして、佐藤さんも林崎家と関係があるとか?」

知世が推測する。二人は、佐藤夫人に話を聞くことにした。

翌日、二人は再び佐藤家を訪れた。佐藤夫人は、二人を温かく迎えた。

「林崎さん、石井さん。何かご用でしょうか?」

「実は、私たちの先祖について、お聞きしたいことがありまして……」

幸は、写真と家系図を見せた。

「これは、私の両親です。そして、この家系図は……」

佐藤夫人は、家系図を見て、目を丸くした。

「これは、林崎家の家系図ですね。どうして、お持ちなのでしょうか?」

幸は、自分たちが林崎家の末裔であることを説明した。佐藤夫人は、驚きの表情を浮かべた。

「それは、驚きです。実は、私も林崎家と関係があるのです」

「え?」

幸と知世は、声を上げた。佐藤夫人は、ゆっくりと語り始めた。

「私の母は、林崎家の分家出身でした。ですから、私も林崎家の血を引いているのです」

「そうだったんですか!」

知世は、興奮気味に言った。

「私の両親は、林崎本家と分家の確執を乗り越えて結婚しました。そして、このアパートで幸せに暮らしたのです」

佐藤夫人は、懐かしそうに写真を見つめた。

「ですから、私は、林崎さんたちが結婚されたと聞いて、とても嬉しかったのです」

幸と知世は、佐藤夫人の話を聞いて、感動した。自分たちは、先祖の愛の物語を受け継いでいたのだ。

「佐藤さん、ありがとうございました」

二人は、佐藤夫人に深く頭を下げた。佐藤夫人は、二人に微笑みかけた。

「林崎さん、石井さん。どうか、お二人も末永くお幸せに」

幸と知世は、佐藤家を出た後、顔を見合わせた。

「幸、私たちは、きっと幸せになれるよね」

知世が呟く。幸は、知世の手を握りしめた。

「ああ、きっとな」

二人は、先祖の愛の物語を胸に、未来へと歩み始めた。

第3章

幸と知世は、自分たちのルーツを知り、より一層絆を深めていた。ある週末、二人は佐藤夫妻を自分たちの部屋に招き、一緒に食事をすることにした。

「佐藤さん、今日はありがとうございます」

知世は、手料理をテーブルに並べながら言った。

「いえいえ、こちらこそお招きいただきありがとうございます」

佐藤夫人は、笑顔で答えた。幸は、ビールをグラスに注ぎながら、

「佐藤さん、今日は、いろいろなお話を聞かせてください」

と言った。佐藤氏は、眼鏡の奥の目を細め、

「そうですね。では、今日は私の両親、つまり林崎幸之助と石井トモの話をしましょう」

と切り出した。

「はい、ぜひお願いします」

幸と知世は、身を乗り出して佐藤氏の話を聞いた。佐藤氏は、ゆっくりと語り始めた。

「私の両親は、戦後間もない頃にこのアパートで出会いました。幸之助は復員兵で、トモは女学生でした。二人は身分も境遇も違いましたが、すぐに惹かれ合い、恋に落ちました」

「ロマンチックですね」

知世は、うっとりとした表情で言った。

「しかし、二人の結婚は、そう簡単にはいきませんでした。幸之助は林崎本家の長男で、トモは石井分家の娘でした。当時、両家は犬猿の仲で、二人の結婚は許されなかったのです」

「そんなことが……」

幸は、眉をひそめた。

「二人は、何度も話し合いを重ね、駆け落ちまで考えましたが、最終的には両家の理解を得て、この神社で結婚式を挙げることができました」

佐藤氏は、窓の外に見える神社の方角を指さした。

「それは、素晴らしいですね」

知世は、目を輝かせた。

「しかし、二人の幸せは長くは続きませんでした。幸之助は、結婚から数年後に病で亡くなってしまったのです」

佐藤氏は、寂しそうな表情を浮かべた。

「それは、悲しいですね……」

幸と知世は、声を落とした。

「トモは、その後一人で子供を育て上げました。それが、私です」

佐藤氏は、静かに言った。

「佐藤さん……」

幸は、佐藤氏の手を握った。

「私の両親は、短い間でしたが、このアパートでとても幸せに暮らしました。ですから、私は、林崎さんたちがこのアパートで暮らしていることを知った時、とても嬉しかったのです」

佐藤氏は、笑顔を見せた。

「私たちも、佐藤さんと出会えて嬉しいです」

知世は、涙を浮かべながら言った。

「林崎さん、石井さん。どうか、お二人も末永くお幸せに」

佐藤氏は、二人の手を握りしめた。

幸と知世は、佐藤夫妻に見送られながら、改めて自分たちの幸せをかみしめていた。二人は、先祖の愛の物語を受け継ぎ、未来へと歩み続けることを誓った。

第4章

幸と知世は、佐藤夫妻との交流を通して、自分たちのルーツを深く理解し、感謝の気持ちでいっぱいだった。二人は、自分たちの幸せを支えてくれた先祖への恩返しとして、何かできることはないかと考えるようになった。

「幸、私たち、何かできることはないかな?」

ある日、知世は幸に尋ねた。幸は、少し考え込んだ後、

「そうだね。佐藤夫妻に何かしてあげたいね」

と答えた。

「そうだ!佐藤さんのご両親のお墓参りに行こう!」

知世は、明るい声で提案した。幸は、その提案に賛成し、二人は佐藤夫妻に連絡を取り、お墓参りの許可を得た。

週末、幸と知世は、佐藤夫妻と共に、幸之助とトモの眠る墓地を訪れた。墓石には、二人の名前が並んで刻まれていた。

「お父さん、お母さん、今日は林崎さんと石井さんが来てくれましたよ」

佐藤氏は、墓石に向かって語りかけた。幸と知世は、静かに手を合わせ、心の中で二人に感謝の言葉を伝えた。

「幸之助さん、トモさん、私たちは今、とても幸せに暮らしています。ありがとうございます」

知世は、涙をこらえながら呟いた。幸は、知世の肩を抱き寄せ、

「これからも、二人で見守っていてください」

と心の中で祈った。

墓参りを終えた後、四人は近くの喫茶店に入った。佐藤夫妻は、幸と知世に、幸之助とトモの思い出話をたくさん聞かせてくれた。

「幸之助は、とても優しい人でした。いつも私のことを気にかけてくれて、どんな時も励ましてくれました」

佐藤氏は、懐かしそうに語った。

「トモさんは、とても明るい人でした。いつも笑顔を絶やさず、周りの人を幸せにしてくれました」

佐藤夫人は、目を細めて微笑んだ。

幸と知世は、二人の話を聞きながら、幸之助とトモの人柄を偲び、改めて尊敬の念を抱いた。

「佐藤さん、今日は本当にありがとうございました」

喫茶店を出る際、幸は佐藤夫妻に深々と頭を下げた。

「いえいえ、こちらこそありがとうございました」

佐藤夫妻も、笑顔で頭を下げた。

幸と知世は、佐藤夫妻と別れた後、手を繋いで家路についた。二人は、心の中に温かい光を感じていた。それは、先祖の愛の光だった。

「幸、私たち、幸せだね」

知世は、幸を見つめて言った。幸は、知世の目に映る自分の姿を見て、深く頷いた。

「ああ、幸せだ」

二人は、これからも先祖の愛を胸に、共に人生を歩んでいく。

第5章

幸と知世は、アパートでの同棲生活に満足していたものの、結婚を機に新居を探し始めることにした。

「幸、どんな家に住みたい?」

知世は、ソファに並んで座りながら、幸に尋ねた。幸は、少し考え込んだ後、

「そうだね。日当たりが良くて、静かな場所がいいな。あとは、できれば庭が欲しいかな」

と答えた。知世は、頷きながら、

「私もそう思う。あと、キッチンが広くて、料理がしやすいといいな」

と付け加えた。二人は、お互いの理想の家のイメージを共有し合い、ワクワクしながら新居探しを始めた。

しかし、現実はそう甘くはなかった。二人が希望する条件に合う物件は、なかなか見つからなかった。

「なかなか見つからないね……」

知世は、ため息をついた。幸は、知世の肩を抱き寄せ、

「焦ることはないよ。きっと、私たちにぴったりの家が見つかるさ」

と励ました。

そんなある日、二人はいつものように物件情報サイトを眺めていた。すると、知世が突然、

「幸、これ見て!」

と声を上げた。幸は、知世が指差す画面を見た。そこには、古民家を改装した趣のある中古住宅が掲載されていた。

「素敵だね」

幸は、思わず呟いた。知世も、目を輝かせながら、

「うん!写真で見るだけでも、すごく雰囲気がいい。それに、私たちが希望する条件にもぴったり合ってる」

と言った。二人は、すぐに不動産会社に連絡を取り、内覧の予約を入れた。

週末、二人は期待に胸を膨らませながら、内覧に向かった。実際に物件を見てみると、写真で見るよりもさらに魅力的だった。広々とした庭、日当たりの良いリビング、そして、知世が憧れていた広いキッチン。

「ここ、すごくいいね!」

知世は、興奮気味に言った。幸も、

「ああ、すごく気に入った」

と頷いた。二人は、この家が自分たちの新居になることを夢見ながら、不動産会社に購入の意思を伝えた。

しかし、ここで思わぬ事実が発覚した。この家は、なんと佐藤夫妻の親戚が所有していたのだ。

「林崎さん、石井さん、この家は私の叔父が所有していたんです。叔父は最近亡くなってしまい、家を売却することになったんです」

不動産会社の担当者は、そう説明した。幸と知世は、驚きながらも、この偶然に運命を感じた。

「これは、きっとご縁ですね」

幸は、担当者に笑顔で言った。

「はい、そう思います」

担当者も、笑顔で頷いた。

こうして、幸と知世は、予算3000万円で、この古民家を改装した中古住宅を購入することになった。二人は、この家が自分たちにとって、そして、佐藤夫妻にとっても、特別な場所になることを確信していた。

最終章

あれから数年が経ち、幸と知世の間に、愛らしい女の子が生まれた。名前は、彩(あや)。幸之助とトモの愛の物語を彩るように、明るく元気な子に育った。

古民家での生活は、想像以上に充実していた。広い庭は、彩の遊び場となり、夏には家庭菜園で採れた野菜を、家族みんなで味わった。知世の料理の腕前はますます上がり、幸は毎晩、美味しい手料理に舌鼓を打った。

ある晴れた日、幸と知世は、彩を連れて庭で遊んでいた。彩は、シャボン玉を飛ばしてはしゃぎ、幸と知世は、その姿を見つめながら幸せをかみしめていた。

「幸、私たち、幸せだね」

知世は、幸に寄り添いながら言った。幸は、知世と彩を抱きしめ、

「ああ、本当に幸せだ」

と深く頷いた。

その時、彩がシャボン玉を飛ばしながら、二人に駆け寄ってきた。

「パパ、ママ、見て!シャボン玉、きれい!」

彩は、無邪気な笑顔を見せた。幸と知世は、彩の笑顔を見て、心が温かくなるのを感じた。

「彩、この家はね、パパとママが出会って、結婚して、彩が生まれた、とっても大切な場所なんだよ」

知世は、彩に語りかけた。彩は、目を輝かせながら、

「そうなの?じゃあ、このお家、ずっと大切にする!」

と言った。幸と知世は、彩の言葉に胸を打たれ、涙を浮かべた。

「ああ、ずっと大切にしようね」

二人は、声を揃えて言った。

古民家の庭には、今日も幸せな家族の笑い声が響き渡っている。それは、幸之助とトモの愛の物語が、時を超えて受け継がれた証だった。

終わり

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